人と人が支え合ってできるゾンビ映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』

 街やUSJを歩くだけで簡単にゾンビが摂取できる素晴らしいイベント、ハロウィンが終わって早4日。そろそろゾンビを摂取しないと体調を崩してしまう頃だろう。そんな時、皆の健康を守ってくれる心強いゾンビ映画がこれだ。

 

 『新感染 ファイナル・エクスプレス』だ。普段私はホラー映画を見てもあまり怖がらないのだが、この映画に関しては本当に怖く、むしろこの映画を見てから「恐怖」という感情を知ったと言っても過言ではない。新感染は私の恐怖の母である。新感染に母性すら感じてしまうほどだ。

 新感染の魅力は圧倒的な恐怖、そしてスピード感である。新感染は、その名の通り新幹線で起こる新感染を浸汗腺させながら真観戦する震撼戦ムービーなのだが、ブログを読んでいる皆さんにも臨場感を味わってもらいたいので

 新感染を見て怖がる私のツイートを見せながら映画を紹介していきたいと思う。この先は映画の内容を多少書いているので、注意して欲しい。

 

 新感染の主人公はソグというファンドマネージャーの男性である。ファンドマネージャーが何なのかは知らないが、カタカナが2つも並んでいるので恐らくはIQの高い職業だろう。

 ソグは妻と別居しており、母、娘のスアンの3人で暮らしている。娘ともあまりうまくやっておらず、映画名物「仕事人間の父親と娘」の典型的な関係だ。そして、スアンとソグが母親に会いに、釜山という場所へ向かう新幹線に乗ったことから時間が始まっていく。

 そう、その新幹線に""ヤバイ""やつが乗ってくるのだ。

 今まで書いていなかったが実は冒頭で「車に轢かれても死なない""ヤバイ""鹿」や「新幹線へ向かうまでの道でやたら聞こえる""ヤバイ""サイレン」が登場しており、どこかで確実に""ヤバイ""事件が起こっていることを連想させていた。そして極め付けに新幹線に駆け込んで来た傷だらけの""ヤバイ""女だ。絶対に何かに感染している。私達は新幹線で新感染が始まると予感、いや確信する。

 しかし、ここで怖いのが女の感染を知っているのが「映画を見ている私たちだけ」ということだ。

 私たちは冒頭の情報、女性の傷、そして新感染というタイトルから女性の感染を知ることができた。だがそれを誰にも伝えることができない。車内で「みんな死ぬ…みんな死ぬ…」と呟く訳知り顔の男も登場するが誰も「電車にいる変な人」くらいにしか思っていない。ソグもスアンも車掌も駅員もみんな映画の中の人物で、彼らは何も知らず新幹線に乗っている。誰も救えない、どうすることもできないまま新幹線は動き出す。

  新感染は私たちのIFの世界だ。

「もし家族や友達が化け物に成り代わられていて、それに自分以外誰も気づかなかったら?」

「もしゴジラが出現しても会社や学校を休めなかったら?」

「もしゾンビウイルスに感染している人間が自分の乗っている新幹線に乗り込んで来たら?」

  そんな、もしもを想像してちょっと怖くなって、でもそんなこと起こるはずがないと本気で怖がってしまった自分に照れる。そんな「もしも」が起こってしまった世界が新感染なのだ。

 恐怖と不安と人とゾンビをのせた新幹線はどんどん進んでいく。人もどんどん襲われて、新感染も進んでいく。新幹線とかけまして新感染と解きます、その心はどちらも早いでしょうだ。

 

 そして、 そんな新感染には恐怖以外の大きな見所がある。

 そう、人と人との絆だ。こんなに怖いゾンビ映画なのに、いやこんなに怖い映画だからこそ、 キンプラでミナトの作ったカレーに入っていた林檎と蜂蜜のように、そこにある人間の優しさ、愛情を感じられるのである。

 新幹線の乗客にはみんな大切なものがある。お腹に子供のいる妻を守るお父さん、好きな女の子に会いに行く学生、姉と妹。

 今まで自分のためだけに生きてきたソグがこのゾンビハザードで出会った仲間達、そして娘によって成長していく様はまるでジャンプ漫画のようなアツさがある。友情・努力・ゾンビだ。

 人間の愛は素晴らしいが、もちろんいい人間ばかりではない。人間ドラマとゾンビ映画のバランスがうまい具合にとれているせいでメチャクチャ怖くなっている、それが新感染なのだ。

 

 新感染は怖い。ゾンビも怖い。人間も怖い。この世の全ての乗り物が怖い。正直もう新幹線も電車もバスもモノレールも乗りたくない。

 しかし、怖いだけではなく、そこには確かに愛がある。人が人を想う心がある。怖くて怖い怖すぎる怖い世界で一生懸命生きて、新幹線とともに走り続けた人間たちの映画、それが『新感染 ファイナル・エクスプレス』だ。

 もし興味があるなら皆さんも新感染を観て、彼らの生き様を見届けて欲しい。そして電話でもかけてみよう、映画を観て、自分の頭に浮かんだ大切な人に。

 

 

寿司を食えないなんて人生の半分は損してるから本当に美味い寿司を食わせてやるよ

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寿司だ。

 このブログが映画感想ブログだと思っていた方は驚くかもしれない。そんなことは関係ない。寿司屋に行くのである。

 ある日のことだ。 寿司嫌いだと思っていた友人が「最近刺身を食べられるようになった」と報告してきた。寿司好きな私は、友人と一緒に寿司を食べに行けるチャンスがあるかもしれないと喜び、今度お寿司を食べに行こうと誘い、何を食べたか聞いた。友人は「いいよ。食べたのは赤とオレンジと白だよ」と答えた。 私は二十数年間生きてきたが、寿司ネタを色で判別している人に会うのは初めてだった。

 聞き込みの結果、赤はマグロ、オレンジはサーモン、白は多分鯛だったのではないかという結論が出た。味は生魚の味がして、特においしくもまずくもなかったとのことだ。また、一度100円回転寿司食べたオレンジ(多分サーモンのことだ)は噛んでも噛んでも無くならなかったらしく、実はホルモンだった説まで浮上した。食べられることは食べられるが、あまりいい思い出はなさそうだ。

 私は人半本美(「〇〇を食べないなんて人生の半分は損してるよ。本当に美味しい〇〇を食べたら変わるよ」という行為、行為をする人)にならないよう注意しながら「本当に美味しいお寿司を食べたら変わるよとは言わないけど、ハズレのお寿司を食べて嫌いになっちゃったら勿体ないかもね」と言った。「ああ〜〜!そこまで言うなら仕方ないなあ〜!寿司を食べないなんて人生の半分は損してるって言われたらなあ〜!本当に美味しい寿司を食べれば変わるって言うんなら、美味しい寿司を食べさせてもらいましょうかねえ!」とんでもない女だ。何はともあれ、我々は寿司屋へ行くことを決めたのだ。

 

 後日、我々はとある回転寿司屋へ向かった。私はこれから寿司を食べられる喜びと、友人が寿司と出会う期待で胸がいっぱいだった。友人は寿司のことよりもその前に見た銀魂の映画で河上万斉が優しかったことで胸がいっぱいらしく、店へ着くまで終始、河上万斉のモノマネをしていた。

  寿司屋へ到着した私たちは、友人が食べられそうな寿司ネタを話し合っていた。「まずはサーモンを食べたほうがいいよ」「ええ!?最初からオレンジを?オレンジはまだ早いですよ」怖気付いた友人は玉子を注文していた。そして、私が食べているエンガワを見て「それは誰のエンガワ?」と、エンガワを取られた魚の心配までしはじめたのだった。 

 満を持して友人がサーモンを食べる時が来た。恐る恐るサーモンを口に運ぶ友人。我々に緊張が走った。「どう?」私が尋ねると「うん。ああ。うん。前よりは噛める」噛めたらしいが口には合わなかったようだ。

 続いてエンガワ、蒸しエビなど、比較的ポピュラーな寿司ネタを勧めるもあまりいい結果ではなさそうだった。

 友人はワカメの味噌汁を飲み、「河上万斉ってさあ…」と、河上万斉が優しかった話をする構えに入っていた。河上万斉の何がそこまで彼女を駆り立てているのだろう。友人は河上万斉に金を借りているか、弱みでも握られているに違いない。

 私はそんな友人と河上万斉を横目に寿司を食べまくり「シメサバとイワシ、〆に食べるならどちらか」という選択に悩んでいた。そして、友人に「どっちも食べなよ。青魚は青だから多い方が綺麗だよ」と謎の助言をされ、結局どちらもおいしく食べて帰った。

 この「友人に寿司を食わせようの会」で私が学んだことは、「本当に美味しい〇〇を食えば変わることはあるかもしれないが、それよりも好きなものを食べた方がいい」という事だ。本当に美味しいものは本当に美味しいが、好き嫌いの壁を超えられない場合もある。

 今回は私と友人、どちらも乗り気の企画だったが、基本的に親でもない人間が他人に嫌いなものを食べさせる必要はない。ワンクリックで世界中の食べ物が手に入る時代だ。寿司が好きな人は寿司を食べればいいし、パクチーが好きな人はパクチーをバケツ一杯食べればいい。

 人はいつ何が起きて死ぬかわからないんだから、苦手なものがあることを人生の損とするよりも、好きなものを食べて得をしていきたい。そんなことを思いながら、私は友人に「今日はどうだった?」と尋ねた。

 友人は「河上万斉が何故か銀さんに優しかったの本当面白かったよね」と言った。

 

  というわけで今回のオススメ映画は『銀魂2 掟は破るためにこそある』です。

 

 

ゴーンガールは観るスポーツ

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尊いなどと言っている場合ではない。

図1.図2は漫画や映画に一人はいる、「不穏な状況で大興奮しているやつの図」である。彼らは何か不穏なことが起きる度にやたら喜び、オタクのようにはしゃぎまくる。例え世界が滅びかけていても「面白くなって来やがった」だ。私は一般人のため、不穏な状況を見ると普通に気持ちが暗くなる。しかし、私たちがたった150分で彼らの一員になれる方法がある。

 

ゴーン・ガールだ。

今すぐレンタルビデオ屋に走る、インターネットの動画配信サービスを利用してゴーン・ガールを視聴する。それだけで私たちはもう不穏な状況に大興奮する狂った一団の仲間入りである。

ゴーン・ガールは陽気なガールズムービーではなく、突然失踪した聡明で美しい完璧な妻、エイミーを探す夫のサスペンス映画だ。明るく楽しいシーンは少なく、映像も色味の暗いシーンが多い。しかし、「暗そうな映画は元気な時にしか見れないよ」や「ラスト15分でどんでん返しさせてくるパターンでしょ」などと思っていたら嬉しい間違いだ。

このゴーン・ガールは観るスポーツと言っても良いほどのハイテンションムービーだからである。ハイテンションムービーと言っても、ハイテンションになるのは映画ではなく私たちの方だ。私は以前、踊らないタイプのインド映画を観た時、映画の代わりにEDに合わせて自分で踊ったことがあるが、この映画も同じだ。一度映画を観れば我々のバイブスは天高く上がり、会場は歓声で溢れる。クラブでかけても大盛り上がり間違いなしの神映画だ。

この映画を観た時、私は所々で一時停止をして家族に感想をまくし立てていた。絵に描いたような「不穏な状況で大興奮しているやつの図」の出来上がりである。友達がいるラッキーな人間は、一緒にお酒を飲んで話しながら観ると更に楽しいこと間違いなしだ。

内容に関してはここで書くべきではない。このブログはいつも映画の内容を書かない。内容を書く文章力がないのも大きな理由のひとつだが、ネタバレなしで観て欲しいという気持ちが強い。このブログを見て少しでも興味が湧いたら、ゴーン・ガールを観ることがオススメだ。そして貴方もなるのだ。「不穏な状況で大興奮しているやつの図」に。

絶対に絶対に絶対に君の名前で僕を呼んで 絶対に

 

君の名前で僕を呼んでだ。ついに先日観に行った。

この名前を聞くだけで胸が苦しくなる。ブログを書いている今も苦しくて死にそうだ。これでは生きているのがムチャクチャ楽しいの面目が立たない。改名の危機である。

君の名前で僕を呼んで」は美しい男達の一夏の淡い恋を描いたラブロマンスだが、それを観た者は淡いロマンスどころの騒ぎじゃ済まない。絶世の美少年に蒙古タンメン北極を口移しで胃に流しこまれるような喜びと苦しみを同時に味わうことになる。現に私の胃はまだ焼けている。もっと焼いてほしい。丁度胃も日焼けしたがっていたので一石二鳥だ。

 

この映画の舞台はイタリアのどこかだ。私はディズニーランドとUSJ以外の場所の地理を全くしらないのでイタリアのどの地域なのか全く検討がつかないが、眩しい太陽、青々とした緑、煌めく水辺、美しい少年のいる素晴らしい場所ということだけはわかった。

真っ白な太陽に照らされ鮮やかな陰を落とす街や、原色の木々をスクリーンに映す映画館は冷房が効いていて少し涼しく、暑い夏の爽やかな風の中にいるようで大変癒された。

皆さんは日々、コンクリートジャングルに疲れていないだろうか?豊かな自然を感じたいと思ったことは?そんな時はこれだ。

そんな美しい美しい夏、二人の男が出会う。イタリアのどこかの家で暮らす少年エリオ(ティモシー・シャラメ)と、そこに夏の間だけホームステイにやって来た青年オリバー(アーミー・ハマー)だ。美しい少年と美しい青年が出会うと何が始まるか?恋だ。夏は恋の季節だ。なんて素晴らしい映画だ。私達は日本の映画館にいながらして、世界のどこかの美しい男達の恋を見つめることができる。

皆さんは日々、恋に疲れてはいないだろうか?水々しい恋の煌めきを全身に浴びたいと思ったことは?そんなときはこれだ。

映画を観て存分に楽しんでほしい(本当に楽しい)のであらすじはここまでしか言えないが、とにかく素晴らしい映画だ。私達の望んだ全てがそこにある。

エリオとオリバーが過ごした夏は、私が今まで見て来た夏の中で一番美しくかけがえがないものだ。二人の夏が少しでも長く続くなら、私にはもう夏が来なくても構わない。私は夏生まれだが、誕生日ケーキもプレゼントのニンテンドースイッチもエリオとオリバーにあげてもいい。少ない盆休みも全て全て彼らにあげたい。そんな夏だ。

皆さんは日々、何かに疲れていないだろうか?疲れてなくてもいい。美しいものを見たいと思ったことは?そんな時はこれだ。

 

盆と正月と安室透

安室透だ。とにもかくにも安室透である。

こんなにも安室透で頭がいっぱいになる日が来るとは誰が予想できただろうか。

 

友人と名探偵コナン ゼロの執行人を観てきた。

GWで劇場が混雑しており、近い時間帯の席は最前列以外ほぼ埋まっていたが、私達は時刻をずらすことなく最前列の席を選んだ。

映画を観て安室透を好きになった場合、最前列だと安室透とキスできる可能性がワンチャンあるからである。どんな小さな可能性も逃さない、それがプロのキモ・オタクだ。

 

内容については多くは語らない。ネタバレになるのと、話のIQが高く難しかったためだ。

今作に出てくる登場人物たちは全員東大生なので、全員頭がいい。安室透はもちろん、高木刑事も東大生だ。

無論私は東大生ではないので、警察組織やトリックについて殆ど理解できず、作中で閃きを得たコナンや安室透の「わかったぞ!」や「そういうことか!」の時の表情が笑顔かどうかで問題の解決を判別していた。コナンや安室透が笑っていれば良いことがある。汗をかいていたら、瞳孔が開いていたら良くないことが起きているのだ。簡単なことだ。簿記検定の仕分けの借方、貸方を、お金が増えて「嬉しい」減って「悲しい」で覚えていた超感情論信仰のなせる技である。

 

そして何より安室透だ。安室透がすごくかっこよかったのだ。まず顔がかっこよかった。そして頭も良かった。この時点で完璧である。更にそのかっこいいあむあむがたくさん動いて喋るのだ。

今作は、そんなかっこいいあむあむがたくさん見られるだけでなく、見るだけであむあむと付き合える特典付きだ。オギャアと生まれた時から私たちはあむあむと付き合っていたのである。

この先どんなに辛いことがあっても、どんなに苦しいことがあっても、私達はあむあむと付き合っている。それなら何が起きても大丈夫だ。彼氏がいるから。私達には安室透がいる。大丈夫だ。

 

そんな思いで劇場を出て、友人達とともに安室透とプリクラが取れるプリクラ機で写真を撮った。最新のプリクラ機ではないため画質はあまり良くなかったが、画素数の荒い私達と違い、写真の中のあむあむは高画質で微笑んでいた。

それでいい。 高画質のあむあむに、日本に乾杯だ。生まれてきて本当に良かった。心からそう思える1日だった。

元気モリモリMaurice

皆さんは人生において大切な3つのリスをご存知だろうか。

1つ目はシマリス。理由は可愛いからだ。

2つ目はインドオオリス。インド半島に住む世界最大のリスだ。その大きさは全長1メートルにも及ぶという。準絶滅危惧種に指定されているらしく、貴重なリスと言えるだろう。

そして3つ目だ。

モーリスである。

 

これを言いたいがためだけに15分もリスについて調べてしまった。明らかに時間をドブに捨てている。

しかし、そんなことはどうでもいい。モーリスだ。あのモーリスが再び劇場にやってくるのである。

モーリスは1987年に公開されたイギリスの映画で、20世紀はじめのイギリスを舞台に惹かれ合う2人の青年の恋と苦悩を描いたラブロマンスらしい。

 

この映画は以前から私たちグッドルッキングガイズムービーウォッチング同好会(顔のいい男達の絡みがある映画を好む友人達で作られた会だ。不定期で映画観賞会を開き男と男の絡みについて熱い議論を交わす。)でも是非拝見したいと話題になっていた 。しかし、TSUTAYAやGEOを探し回っても中々見つからず、半ば諦めかけていた。

 

その伝説のモーリスが劇場で拝見できるのである。最高だ。美の全盛期のヒュー・グラントに大画面でお目にかかれるのだ。まだ生まれてもいない1987年が私たちの青春になるのだ。人生何があるかわからない。とにかく最高だ。

4kと言うのもいい。4kが何なのかは存じあげない。しかし、最近目に余るイキリで私の怒りを買っているイキリ弟が「今時テレビを買うなら4k以外ありえないっしょw」とイキっていたのでおそらく質がいいということだろう。イキリ弟の価値は0.1k以下だがモーリスは4kだ。

 

早くモーリスが見たい。今の私の人生に必要なリスはシマリスでもインドオオリスでもない。ただ1つ、1つだけ、そう、モーリスだ。

 

素晴らしい人生

 人生が楽しい。最高である。

 

 こんなことを書いていると「おいおい、Twitterのアカウント名が生きているのがムチャクチャ楽しいのやつが何を分かりきったことを」と思われるかもしれないが違う。実は最近あまり楽しくなかったのである。

 

 大好きなソーシャルゲームも疲れて続けられなくなったし、特に熱中していることもない。  何だかお腹も痛い。(胃腸炎だった)

数週間前に友人と行った人気のあるんだかないんだかよくわからないラブホテルで観たトイストーリーの楽しい思い出だけを誇りにただ呼吸しているだけの毎日だ。

ポケモンの「ラプラスにのって」という歌を聴いて泣き、「ラプラスににも乗れない。どこにも行けない」などの怪文書をTwitterに投稿したこともある。

哀れである。

 

しかし、もうそんな時代は終わった。

止まない雨はない。

明けない夜はない。

 

僕を呼ばない君の名前はない。

 

 

ご覧いただけただろうか。世界の見え方が変わる瞬間を。

実はこれを見て欲しいがためにブログをはじめたので動画を見てくれたらもうこの先は読まなくてもいい。動画を見てくれさえすれば正直前振りも読まなくていい。 

 

ルカ・グァダニーノ監督の映画「君の名前で僕を呼んで」である。

予告編しかみていないので内容はよく知らないが、美少年が美青年と出会い初恋を経験する映画らしい。実に素晴らしいストーリーである。

まず「君の名前で僕を呼んで」というタイトルが素晴らしい。原題は「Call Me By Your Name」と神だが、この素晴らしい題を損なうことなく翻訳してくれた人に感謝をしたい。

数ある呼び名の中で Youを君、Meを僕としたのが実にナイスだ。

これがもし「貴様の名前で我輩を呼んで」なら契約を持ちかける悪魔だし、「お主の名前で拙者を呼んで」なら確実にどちらかが影武者である。この映画のタイトルが「君の名前で僕を呼んで」で本当に良かった。

 

オリバーを演じるアーミー・ハマーも大変美しい。お砂糖、スパイス、素敵なものをい〜っぱい。全部混ぜると出来るのがこちらのムッチャかわいいアーミー・ハマーだ。口から二酸化炭素ではなくシーブリーズを放出しているのではないかというくらい爽やかな爽やか王子と6週間も共に生きるのである。エリオもそりゃ恋に落ちるってもんよ。アミハマの同担として是非エリオには幸せになってもらいたい。日本での公開が楽しみだ。

 

そんなわけで今人生がとても楽しい。最高だ。

それ以前のことは忘れた。それ以前は存在しない。私は今この時に生まれた。とにかく早く4月になって欲しいと願うばかりである。